ミッドウェイ(映画)でハルノートは登場する?内容や受諾しなかった理由を簡単に解説

 

映画『ミッドウェイ』2020年9月11日(金)公開されます。

 

太平洋戦争の中でも歴史を左右するターニングポイントとなったミッドウェイ海戦

を題材に20年にも及ぶリーサーチの元、ローランド・エメリッヒ監督の手によって

製作されたということで注目されています。

 

さて今回は、太平洋戦争開戦直前において『ハルノート』は外せないということで、

その内容やなぜ受諾しなかったのか?その理由や真珠湾攻撃との関連性についても

まとめました。

 

 

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ミッドウェイ(映画)ハルノートとは?(概要)

 

公開を控えている映画『ミッドウェイ』で登場するであろうハルノート。

 

そもそもハルノートとは何か?太平洋戦争に関連したものではあるのですが、

いったいどういうものなのか、確認していきましょう。

 

1941年(昭和16年)11月26日、太平洋戦争開戦直前の日米交渉においてアメリカ側

から日本側に提示された交渉文書のこと。またハルノートとは通称で、正式名称は

 

日本語では「合衆国及日本国間協定ノ基礎概略」、英語では

「Outline of Proposed Basis for Agreement Between the United States and Japan」

 

ハルノートと称されている理由は、当時のアメリカの外交責任者だった国務長官の

コーデル・ハルの名前にちなんでのこと。なおアメリカでは「Ten Points」と呼ばれ

ています。

 

また冒頭に「厳秘 一時的且拘束力ナシ」極秘試案であり拘束力はない

(Strictly Confidential, Tentative and Without Commitment)という但し書きがあり、

アメリカ側からの最大限の要求を明示したものということ。

 

ハルノートが提示されたのは、1941年11月26日のことで太平洋戦争が開戦したのは

同年12月8日ですから、およそ2週間前のこと。

 

 

 

ミッドウェイ(映画)ハルノートの内容

 

ハルノートとは簡単に言えば、アメリカから日本に対して示された太平洋戦争開戦

直前の最後通牒と言えるものでした。

 

まず冒頭には「厳秘 一時的且拘束力ナシ」と記されていて第一項である「政策に

関する相互宣言案」と、第二項である「合衆国政府及日本国政府の採るべき措置」

という10ヶ条の具体的な措置が記載されています。

 

第一項である「政策に関する相互宣言案」には「一切ノ国家ノ領土保全及主権ノ

不可侵原則」、「他ノ諸国ノ国内問題ニ対スル不関与ノ原則」、「通商上ノ機会

及待遇ノ平等ヲ含ム平等原則」「紛争ノ防止及平和的解決並ニ平和的方法及手続

ニ依ル国際情勢改善ノ為メ国際協力及国際調停尊據ノ原則」など。

 

要は、まず政治的原則として

  • 国家領土・主権の不可侵
  • 他国の国内問題への不関与
  • 通商上の機会の平等化
  • 紛争防止・調停のための国際協力
  • そして経済的原則として
  • 通商関係における差別のない待遇
  • 過度の通商制限の撤廃
  • 原料物資獲得の自由化
  • 国家間協定における消費国家および民衆の保護
  • 貿易手続のための国際金融枠組みの作成

を提案している。

 

 

第二項である「合衆国政府及日本国政府の採るべき措置」には、

  • 日米共に紛争関係国(イギリス、タイ、中国、ソ連、オランダ)との不可侵条約を締結する
  • 各国は仏領インドシナの領土主権を尊重し、問題が起こった際には協議して共同で対処する
  • 仏領インドシナとの貿易についても各国が平等な扱いを受けられるように共同で取り組む
  • 日本は中華民国、仏領インドシナから軍および警察を撤兵させる
  • 日米両国は中華民国を唯一の正当な中国政府として承認する
  • 日米両国は、中国における外国人居留地、治外法権の放棄・撤廃のため、英国等他国にも同意させるよう努める
  • 日米両国は、双方を最恵国待遇とし、生糸を自由品目とした通商条約締結に向けて協議を行う
  • 日米両国は、両国内にある相手国資産の凍結を解除する
  • 日米両国は、円ドルレートの安定のため協定を締結し、必要な資金は両国で折半とする
  • 日米両国は、太平洋地域の平和確保・維持に反する可能性のある協定を他国と結んではならない
  • 日米両国は、本協定の原則を他国にも遵守させるように外交努力する

の10項目が提示された。

 

しかしこれらは、当時の日本にとっては、到底、受け入れることはできない内容だった。

そのため、事実上『ハルノート』は、太平洋戦争開戦直前の最後通牒となってしまった

というわけです。

 

ハル・ノートを受け取った野村・来栖両大使は、

ハルは「何れも立ち入つては何等説明も主張もしない。全体の態度が殆ど問答無用と

いった風で、俗にいう取り付く島のない有様であった」と言っている。

 

そしてハルノート提示から2週間足らずで太平洋戦争は開戦してしまったのでした。

 

 

 

ミッドウェイ(映画)ハルノートを受諾しなかった理由とは?

 

日本が太平洋戦争開戦に向かわざるを得なくなった、その動機となったハルノート

日本がハルノートを受諾していれば、ゆくゆくどうなっていたかはともかく、少なく

ともあの時点で太平洋戦争開戦に直結していなかった可能性もあるでしょう。

 

しかし日本はハルノートを受諾出来ず、太平洋戦争開戦に発展してしまったわけです。

それでは日本がハルノートを受諾出来なかった理由とは、いったい何だったのか?

 

簡単に言えば、先にも述べましたが、ハルノートの内容は、最初から日本が吞めない

ようなものだったからにほかなりません。

 

とくに日独伊三国軍事同盟の廃棄については、当時の日本、ドイツ、イタリアの外交

関係を考えれば、あまりにも非現実的だといえるものでした。

 

ではなぜアメリカは、ハルノートを日本に突き付けてきたのでしょうか。

次でこのことについて、見ていきましょう。

 

 

 

ミッドウェイ(映画)ハルノートと真珠湾攻撃との関連性

 

アメリカが日本にわざわざ戦争に追い込むような内容のハルノートを突きつけた理由。

これについてはアメリカが太平洋戦争を希望していたからだという見方もありました。

 

フランクリン・ルーズベルト大統領は、最初から日本との戦争を望んでいて日本が

真珠湾攻撃を仕掛けてきたときには、むしろこれを好都合だと思ったという見方を

する人もたくさん存在しました。

 

つまりハルノートも、いわば日米開戦実現のために用意されたもので日本がこれを

受諾できず、太平洋戦争開戦に踏み切ることを見越していたともみられていたわけ

です。

 

太平洋戦争で悪かったのは日本だったのか、アメリカだったのかは、大変興味深い

話題でしょうが、こうした見地に立った場合、ハルノートの存在はその最たる疑義

と言えるでしょう。

 

早いもので、太平洋戦争終戦から2020年で75年。

 

ハルノートのことを考えるときは、今一度、この戦争の本質について考えてみては

いかがでしょうか。

 

様々な意見があるでしょうが、そもそも戦争をしなければならなかったのか?

現代に生きる我々にとっては、理解に苦しみます。

 

 

 

ミッドウェイ(映画)でハルノートは登場するのか?

さてここまでハルノートにについて解説してきましたが、そもそも映画『ミッドウェイ』

でハルノートは登場するのか?

 

映画『ミッドウェイ』は、1941年(昭和16年)12月7日の真珠湾攻撃を経て、

1942年(昭和17年)6月5日から6月7日のミッドウェイ海戦を描いた作品です。

 

しかしなぜこの戦争が起こったのか?なぜ日本は開戦を決断したのか?

それを描くシーンがあっても当然だと考えられる。

 

1941年(昭和16年)11月26日、太平洋戦争開戦直前の日米交渉でハルノートを

提示するシーンがあると予想されます。(あくまで個人的見解です)

 

東条英機(ヒロモト・イダ)が思案するシーンが目に浮かました。

 

 

 

こちらも合わせてご覧ください。

 

 

 

まとめ

今回は、映画『ミッドウェイ』で登場する東条英機を語る上で、切っても切り離せ

ない『ハルノート』について簡単に解説しました。

 

もしもこの『ハルノート』を受諾していたらどうなっていたのか?

 

日本の未来も大きく変わっていた事は間違いないところですが、どのように

変わっていたのかも、気になるところ。

 

そんなことを想いながら、映画『ミッドウェイ』を観てもいいのかも。

公開は、2020年9月11日(金)

 

 

 

最後までありがとうございました。

ゆうすけ

 




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