トゥルーヒストリーオブザケリーギャング(映画)のあらすじ見所!結末ネタバレも

 

映画『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』が、

2021年6月18日(金)に公開されます。

 

ギャング映画ではあるものの、ジャンルは伝記映画ということで興味深いところ。

 

ということで映画『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』の

あらすじや結末、また主人公ネッド・ケリーについてもまとめました。

 

 

『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』予告

 

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トゥルーヒストリーオブザケリーギャング(映画)のあらすじ

 

19世紀、オーストラリア。ネッド・ケリーは貧しいアイルランド移民の家庭に育ち、

頼りにならない父親の代わりに幼い頃から母親エレンと6人の姉、弟、妹を支えてきた。

 

しかし、父親が亡くなった後、母親であるエレンは生活のためという理由から15ポンド

でネッドを山賊のハリー・パワーに売り飛ばしてしまう。

 

その後、ネッドはわずか10代にしてハリーの共犯者として逮捕、投獄されてしまう。

 

出所したネッドは娼館で暮らしているメアリーと出会って恋に落ち、家族の所へ戻った

ものの幸せな生活は長く続くことはなかった。

 

横暴な巡査部長オニールや警察官フィッツパトリックは難癖を付けてはネッドや彼の家族

を投獄しようとする。そして権力者による貧しい者への横暴に加え、家族や仲間が理不尽

な扱いを受けていることを知る。

 

己の正義と家族と仲間への愛からネッドは弟達や仲間達と共に「ケリー・ギャング」

として立ち上がる。

 

やがてネッド率いる「ケリー・ギャング」はオーストラリア国内にその名を轟かす存在

になっていくのであった。

 

 

 

トゥルーヒストリーオブザケリーギャング(映画)の見どころ

 

映画『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』は、イギリス、

オーストラリア合作という、スケールの大きな作品で実在したギャングのネッド・

ケリーを主人公とした伝記映画となっています。

 

ピーター・ケアリーの小説『ケリー・ギャングの真実の歴史』が原作。

またこれまでに『イリワッカー』『オスカーとルシンダ』『ジャック・マッグズ』

といった作品を発表。

 

見どころはネッド・ケリーを1人の若者として描き出した点。英雄として語られてきた

ケリーだが、この映画では悲惨な境遇から抜け出すために苦悩し、理不尽な扱いに

対して怒り、腐敗した権力に立ち向かう姿が描かれていく。

 

生活のために母親から15ポンドで山賊に売り飛ばされ、やがて成長し反逆者となっていく

過程も見どころの一つ。打ちのめされるようなシーンが次から次へと展開し、それでも

悲惨な境遇から抜け出そうとするネッドの姿に胸を打たれる。

 

『太陽の果てに青春を』ではミック・ジャガーが演じ、『ケリー・ザ・ギャング』

ではオーストラリア人俳優であり、今は亡きヒース・レジャーが演じた伝説の人物

ネッド・ケリー。

 

ケリーを演じるのはジョージ・マッケイ。2019年の映画『1917 命をかけた伝令』で

主演を務め、その実力を知らしめたイギリス出身の俳優。奇しくもマッケイの父親は

アイルランド系オーストラリア人ということから、ネッド・ケリーと相通じるものが

あると思わせる。

 

幼いネッド・ケリーを15ポンドで買う山賊ハリー・パワーを演じるのはニュージー

ランド出身の俳優ラッセル・クロウ。

 

マイケル・マン監督による1999年の映画『インサイダー』では実在のタバコ会社の

元重役を演じるために髪を白く染め、さらに体重を大幅に増やして演じてアカデミー

主演男優賞にノミネートされ、リドリー・スコット監督による2000年の映画『グラデ

ィエーター』では古代ローマの剣闘士を演じ、アカデミー主演男優賞を受賞した。

 

また2001年の映画『ビューティフル・マインド』では実在の数学者を演じてアカデミー

主演男優賞にノミネートされた。

 

映画『ワールド・オブ・ライズ』では安全な場所から電話一本で指示を出す冷酷な上司

『シンデレラマン』では奇跡の復活を遂げる実在のボクサー、『ロビン・フッド』

ではイングランドの伝説の義賊をワイルドに演じていた。

 

幅広い役柄を演じるクロウが山賊をどのように演じるのか注目。

 

 

 

トゥルーヒストリーオブザケリーギャング(映画)の結末は?

 

映画『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』の結末については、

どのようなものなのか?

 

こちらは今のところ判っていませんが、ネッド・ケリーの生涯と照らし合わせれば、

次のようになるものとみられます。

 

ネッドは、様々な犯罪に手を染めていきました。腐敗した権力に立ち向かい、

オーストラリア国内にその名を轟かせた無法者にして義賊、しかし犯罪者とは

いえども、ネッドは大衆から敬愛されていったのです。

 

その後、強盗として、その名をとどろかせていったネッドではあったものの、

1860年6月に警官隊に包囲され、ネッドの弟ダンとスティーブ・ハートは火の放たれた

ホテルで自殺し、ジョー・バイアンは射殺される。

 

同年10月、ネッドは裁判に掛けられる。

 

しかし彼の助命を求める人々が助命嘆願書を出すが、聞き入れられなかった。

ネッドは裁判で一連の殺人は全て正当防衛と主張するが、裁判官は全く聞き入れず、

1860年11月11日にネッドは絞首刑に処される。

 

これによってネッド率いる犯罪者集団「ケリー・ギャング」は壊滅した。

 

映画『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』では、

どこまで描かれるのかは不明ですが、気になるところ。

 

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トゥルーヒストリーオブザケリーギャング(映画)のネッド・ケリーとは?

引用元:Wikipedia

 

ネッド・ケリーこと本名エドワード・ケリーは、1855年にオーストラリア・

ビクトリア州東部で生まれた。

 

8人兄弟の長男であり、父親レッド・ケリーは家畜泥棒で服役した過去を持ち、母親

エレン・クインも犯罪者の一族ということから警察による厳しい監視下に置かれていた。

 

家族に犯罪者がいるという環境の中でネッドは成長していき、ハリー・パワーという

山賊の男と親しくなっていく。それに伴い警察の追及は執拗なものとなっていった。

 

1869年、14歳の時に強盗容疑で逮捕され、翌年には追い剥ぎの容疑で逮捕され収監

されたが、いずれも無罪となって釈放された。

 

しかし1870年に強盗容疑で警察に拘束され、無実であるにもかかわらずに警察が偽り

の証言を持ち出したために3年間の服役を余儀なくされた。

 

1874年、19歳となったネッドはメルボルンにある刑務所から出所し、樹木伐採の職に

就いたのだが、犯罪者の多いクイン家を代表する者として目を付けられ、職を離れる

こととなった。

 

1878年、警察官フィッツパトリックがケリー家を訪れた際、ネッドと母親エレン、

そしてネッドの弟ダンがフィッツパトリックを射殺しようとした疑いを掛けられた。

母親エレンは逮捕されたが、ネッドと弟ダンは既に逃亡した後であった。

 

逃亡したネッドとダンは「権力者に対する反抗」を明確にしていく。

 

「ケリー・ギャング」を率いるネッドは強盗に手を染めていくが、他の強盗とは

一線を画していた。

 

ネッドは貧しい者から決して盗むことはせず、その振る舞いは紳士的なもので、

むやみに相手を射殺することはなかった。ネッドが強盗の際に着用していた円筒形

のヘルメットと甲冑は富裕層にとっては恐怖の対象であり、貧しい者にとっては

敬慕の対象であった。

 

けが人を1人も出さない犯行や、銀行から持ち出した債務証書を燃やすという振る舞い

は貧困層から指示を集め、ネッドたちに食料や隠れ家を提供する動きにつながった。

 

1860年6月、警察によってネッドは逮捕され、弟ダンとスティーブ・ハートは

火の放たれたホテルで自殺し、ジョー・バイアンは射殺される。

 

1880年10月にネッド・ケリーは裁判に掛けられ、全ての殺人にたいして正当防衛を

主張したが、裁判官は全く取り合わなかった。死刑判決を言い渡されたネッドに

対する助命嘆願書が提出されたが結局、ネッドの助命にはつながらなかった。

 

母親エレンが収監されているメルボルンの刑務所に収監され、母親に「ケリー家の

者らしく死になさい」という言葉を死刑執行前に掛けられた。

 

そして同年11月11日「ケリー・ギャング」を率い、オーストラリア国内にその名を

轟かせたネッド・ケリーは「人生ってそういうものさ。ああ、こうなるって

わかっていた」と言い残し、絞首刑となった。

 

 

 

まとめ

ネッド・ケリーは、犯罪者とはいえ、一般的なイメージとは異なる人物像で、

興味を惹かれるところ。劇中では、そんなネッド・ケリーがどのように描かれて

いるのか注目です。

 

公開は、2021年6月18日(金)

 

最後までありがとうございました。

ゆうすけ

 

 

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